人格解離とは

人格解離とは

人格解離とは?

簡単にいうと「二重人格」「多重人格」のことを言います。医学的な正式名称は「解離性同一性障害(かいりせいどういつせいしょうがい)」もしくは「多重人格症(たじゅうじんかくしょう)」と言い、本人にとって精神的に耐えられない状況を「これは自分に起こっていることではない」と感じたり、一時的に記憶や感情を切り離すことによって、心のダメージを回避しようとした結果、自分とは別の人格が生まれる症状を言います。

自分とは別の人格のことを「別人格」や「交代人格」と言います。別人格は自分(主人格)とは別の成長の仕方をします。主人格とは性別や年齢が違うと主張したり、性格や人生観が変わったりします。別人格(交代人格)の発言や行動は、自分(主人格)では制御ができず、勝手にしゃべりだしたり行動する時があります。そのため、いつもの本人とは全く違うキャラクターに見える時があります。なので一般的には「二重人格」「多重人格」と呼ばれます。ただし「二重人格」や「多重人格」は病名ではないということと、アニメや映画のキャラクターのようなイメージを与えてしまうので、僕は「人格解離」や「人格解離者」という言葉を使うことが多いです。

 

人格解離者ってどんな人?

同一人物であるはずなのに、その時々によって性格が違って見えたり、発言や行動が変わったりして見えます。細かい例だと、食べ物の好みが変わったり、書く文字の字体が変わったり、煙草を吸う人格吸わない人格、お酒を飲む人格飲まない人格、女性であればメイクの仕方やファッションの好みがガラリと変わる人もいます。それを「キャラクターが変わる」「スイッチが入る」「オンとオフの切り替えがすごい」などと表現する人もいます。その人が普段のその人とは別人に見える瞬間があったり、考えられない発言や行動をしたりする場面が見られます。中には自分がした行動の記憶を失う人もいます。

 

どうして別人格が生まれるの?

人間には誰にでも自分を守る「防御能力」や「ストレス回避能力」をもっています。人生の中でその人が生きていく上で耐えられない恐怖やショッキングな出来事にあった時、一時的に自己を切り離し、その不幸体験から身を守ろうとします。例えば「交通事故にあった瞬間」など、ほとんどの人は覚えていません。何故なら自分の体が車にひかれたというショッキングな出来事は、記憶していた方が気がおかしくなってしまうからです。なので人間は誰しも「忘れる」という自己防衛能力をもっています。他にも「受験の時は毎日の徹夜の勉強がツラすぎてよく覚えていない」とか「失恋した時のショックはよく覚えていない」という人もいます。

このように人間は、人生のツラかった瞬間を切り離し、忘れることで自分の心や精神を守ることがあります。例えばそれが「痛烈なイジメ」であったり「親からの暴力虐待」「レイプ」など、恐ろしくて悲しい体験を持つ人は、それらを記憶している方が生きることが困難になり、「それは自分の人生に起こったことではない」と強く思い込みます。例えば「痛烈なイジメを受けた人格」と、「そんなイジメは受けたことがないと思い込んでいる人格」に分かれ、これが人格が分裂してしまう原因と考えられることが多いです。人格解離は本来、自分の心を守るためにある「忘れる」という能力が、あまりにも強く極端に起こった結果、記憶だけでなく人格さえも分裂してしまい、「何が本当の自分なのか」「どれが本当の私だったのか」までわからなくなっていく症状と考えられています。

 

人格解離はわかりにくい

人格解離者は他の人が見ても「人格が複数人いる」とは一見してわかりません。何故なら人格が交代しても、顔や姿が変わるわけではありませんし、人格が複数人いるなんてことは、漫画や映画の作り話のようなので、実際にそういうことがあると思っている人自体、少ないからです。

人格解離は本人さえ気づいていないことが多く、中には自分の人格が解離していることに気がつかないまま生活をしている人もいます。また「人格解離(解離性同一性障害)」という言葉があまり知られていないということもあり、多くの人格解離者は世間から理解されることなく生活しています。人格解離者は意外とあなたの近くにいるかもしれません。

 

誤解を受けやすい人格解離者

人格解離者(解離性同一性障害者)がTVで取り上げられるケースは犯罪者が多く、ホラー映画やアニメなどに出てくる二重人格者や多重人格者は、「普段は優しい人」「でも人格が変わると怖い人」という描かれ方が多いので、誤解が生じやすいです。実際には「普段はおとなしい人」「でも人格が変わると突然ヒョーキン者になって人を笑わせるのが大好き」というような二重人格者、多重人格者もいます。

 

これは人格解離ではない

飲酒による記憶喪失は解離ではありません。また「ハンドルを握ると人が変わる(車の運転をすると性格が変わる)」というような表現もございますが、こちらも人格解離ではありません。

 

人格解離者の多くは女性?

人格解離者の5~9割は女性と言われています。男性の人格解離者が少ないと言うよりも、男性は医療機関よりも司法機関に関わることが多いため、医療現場では女性の方が多く見られるという意見もあります。元々、女性の方が精神的に不安定で、心労や怒りを外に出すことができない人が多いです。だから解離も起こしやすいのかもしれません。また男性は女性よりも病院に行くことに抵抗がある人も多いのも、男性の人格解離者が発覚されにくい理由であるとも僕は考えています。

 

世界で最も有名な多重人格者

1995年、ビリー・ミリガンというアメリカの犯罪者が人格解離(解離性同一性障害)ということが認められ無罪になったことで、一気に人格解離(解離性同一性障害)という言葉が広まりました。しかしこの事例で、「人格解離者=犯罪者」というイメージも強くついてしまいました。人格解離者の全ての人が、犯罪者になるわけではありません。

 

世界で最も有名な二重人格者

「ジキルとハイド」が世界的に一番有名な二重人格者と言えるでしょう。ジキルとハイドはフィクションのキャラクターですが、解離性同一性障害者がモデルなっているという説もあります。映画や小説、舞台演劇など、世界中で知られている物語のため、二重人格の代名詞として使われることが多いです。

 

人格解離者には大きく2種類のタイプがある

これはあくまでも僕の考え方ですが、多くの人格解離者を見ていると、解離者には大きく2つのタイプに分かれると考えています。

①多数の人格が存在し、自分の中で矛盾や疑問を感じながらも、それなりに社会生活が送れる軽症者。
②頻繁に記憶を失い、時に突拍子もない行動をしてしまうので、医師や周りの人のサポートがないと生活できない重症者。
②の重症者に関しては専門医にかかって頂きたいのですが、①の軽症者に関しては、自分の解離との向き合い方や付き合い方の工夫で、友好な人間関係が作れたり、仕事をしたり、子育てをすることは可能と考えています。

 

人格解離者は能力が高い?

人格解離者はアーティスティックな才能がある人が多いです。絵が描ける、楽器が演奏できる、習字が得意、歌が上手、漫画や小説がかける、手芸やアクセサリー作りなど細かい手作業が得意など、そういった能力が高い人が多いです。これは僕の主観ですが、自分の中にたくさんの人格がいることで、人とは違ったセンスや感覚が磨かれやすいからだと考えます。実際にアーティストとして活躍している人もいます。軽症者であれば仕事ができる人も多いです。人格が2人いることで「2人分働ける」といったような表現をする人や、職業によってTPOにあった人格が生まれる人もいます。

 

人格解離はドラマティック?

解離性同一性障害は、人が変わったように見えるので「ドラマティックな精神病」と表現する医師もいます。アニメや映画で二重人格者や多重人格者というキャラクターが好まれるのも、ガラリと人格が変わる様子がドラマティックに見えるからでしょう。

 

これをしてはいけない

人格解離者に対し「それは演技だろう」と強く否定したり、「ウソつき」などという言葉を浴びせかけると、余計に心を閉ざしていまいます。また、本人の意思を無視して無理やり人格統合を進めようとすると、さらなる解離を起こしかねません。人格解離者は何かの大きな悲しみやショックにより、今のような状態になってしまったということを考えて、まずは解離者の今の状況を肯定し「何が苦しい(悲しい)のか」「本当は何を求めているのか」という部分に触れてあげることによって、ゆっくりと心を開いてあげることが必要です。根本的な心の問題を無視し、現状を否定したり、無理やり統合しようとすると、事態はもっと悪化する可能性があります。

 

人格解離と勘違いされやすいもの

「双極性人格障害」 …いわゆる「躁鬱(そううつ)病」と言われるもので、簡単に言うとハイテンションの時と鬱状態の差が激しい症状を言います。二面性を感じるので人格解離と間違いやすい症状です。「境界性人格障害」…普段はおとなしく優しい人柄なのに、ひとたびスイッチが入ると、突然ひどい暴言を浴びせかけたり、暴力的な態度になる症状です。今まで「好きだ」と言ってる人に対しての評価が突然180度変わったり、依存するためにあらゆる手段を使って悲壮感を演じます。女性に多いと言われています。

「転換性障害(ヒステリー)」…突然大声で怒り出したりする症状です。女性に多いと言われています。「解離性障害」 …時々、自分がやったことを覚えていなかったり、記憶に空白部分が起こる症状です。問題解決に柔軟性を失ったり、人間関係の形成がしにくくなったりします。記憶を失ったり、その間何をしていたか覚えていないという部分が人格解離と間違いやすい症状です。これを「解離性障害」と判断するか「解離性同一性障害」と診断するか、医師でも難しい判断となります。「離人症」…自分が自分でないような気がするという感覚が人格解離に似ています。人格解離と離人症を併発する人もいます。 「イマジナリーフレンド」…心の中の友達という意味です。イマジナリーフレンドをもっていることは病気ではなく、小さな子供であれば誰にでもみられることです。自分の中のイマジナリーフレンドに対し、現実にいる人間よりも強い存在感を感じている人もいるので、人格解離と間違いやすい症状です。「タルパ」…呪術により自分だけに見える別の人間を生み出すものです。人格解離の人格は、呪術で生み出されるものではありません。

 

日本の解離の研究は遅れている

ヨーロッパに比べ、日本の人格解離(解離性同一性障害)に関する研究は10年以上も遅れていると言われています。解離を診断できる専門医師も少なく、病院もとても少ないです。そのため解離で悩む人はどこに相談していいかわからず、孤独に苦しんでいる人も多いです。

 

 

治療の方法は?

「人格統合」と言う治療を行うのが一般的です。バラバラになった人格を統合して、1つの人格にするという方法で、多くの医師はこれを勧めてきます。しかし人格解離者の中には「人格統合」という治療に恐怖を感じる人もいます。解離は元々、その人の心を守る「防御能力」から生まれたものですから、人格統合によって心を防御する手段を奪われると考えるからです。これは解離性同一性障害と診断されたことがある僕の個人的な意見ですが、軽症者であれば、人格統合をしなくても社会生活をすることは可能だと思っています。

人格がバラバラになったしまったことを治療しようとするのではなく、「人格がバラバラになったままでも、つつがなく社会生活を送るためにはどうしたらいいか」ということに焦点を当た考え方です。僕はそれを「人格共存 」と名付けており、軽症者や統合に恐怖する解離者にはそういった考え方を勧めています。

 

人格共存とは?

「人格共存」とは、僕が提唱する人格解離者の生き方です。あくまでも考え方の1つであり、医療的な治療方法ではございません。自分の人格が解離していることを認め、理解し、自分の中の人格達と共に生きて行く方法です。そうすることで仕事がしやすくなったり、友好的な人間関係が作りやすくなるという考え方です。

 

人格統合を「怖い」と感じる解離者もいる

人格統合とは簡単に言うと、バラバラに分かれた人格を1つにするという治療法です。しかし人格解離者の中には「人格統合」という治療に恐怖を感じる人もいます。解離は元々、その人の心を守る「防御能力」から生まれたものですから、人格統合によって心を防御する手段を奪われると考えるからです。

また、人格解離者にとって自分の中の人格達は、それぞれの意思と価値観をもった自分の中に住む別の人間です(周りから見てそう思わなくても、解離者自身はそう思い込んでいます)。だから自分とは別の人間と「さぁ、今から1つになりましょう」なんて言われても、解離者はすぐには納得いかないし、不安になることなのです。

僕も同じでした。「人格統合」と言われると、まるで複数の人間をミキサーにかけて、1つの肉団子にするような、そんな恐ろしいイメージをもっていました。多くの人達は「1つの体に1つの人格、それが当たり前じゃないか」と言います。しかし1つの体に複数の人格をもつことで生きてきた人格解離者達は、1つの体に1つの人格で生きていくことの方が不安なのです。

 

何故、人格統合に恐怖を感じるのか?

それを理解するには、人格解離者は「どうして解離を起こしたのか?」という、根本的な理由から知る必要があります。人格解離者が何故、解離したかというと、人生の中で耐えられないほどの苦痛体験をしたというのがほとんどの理由です。家庭内暴力、性的虐待、暴力虐待、学校でのイジメ、レイプ、愛する人の死…など、本人の精神が耐えられないほどの苦痛、悲しさ、理不尽感などの精神ストレスにより、「もうこんな人生は耐えられない」「私は私でいたくない」という気持ちから人格は解離します。

自分とは別の人格を生み出せば、自分は自分でなくなれます。例えば「レイプされた自分」は、自分とは違う人格を生み出せば「レイプされなかった自分」になれます。「自殺したい」と思う絶望的な自分は、別人格を生み出せば、「自殺なんて考えない、前向きな自分」になることもできます。人格解離は元々は「防御能力」です。そうすることで一時的に自分の不幸体験から免れることができ、自殺などの最悪の事態を回避できたりします。

人格解離は元々は病気ではなく防御能力であり、いわば自分が「生き伸びる手段」とも言えます。人格解離者が人格統合がどうして怖いと感じるか。それはその「生き延びる手段」を奪われると感じるからです。今まで人格を解離する(不幸体験や恐怖の記憶を切り離す)という方法でなんとか生きてきたのに、その手段を奪われるなんて、死を宣告されるようなものだからです。

ですから本人の意思を無視して無理やり人格統合を勧めようとすると、人格解離者は余計に心を閉ざしてしまいます。最悪、新たな解離を引き起こし兼ねません。なので「人格統合」という治療を進めるのであれば、本人の心のケアを十分に行い、慎重にする必要があります。

 

Hydeが考える「人格共存」とは

多くの医師は「人格が複数ある」ということを「異常」と受けとらえ、そこを治療しようとするのですが、僕は人格が解離したことよりも、「問題なく社会生活を送れること」が重要であると考えています。人は誰だって二面性というものがあります。善だけで生きている人や、悪だけで生きている人はいません。解離者にとって解離は生き延びる手段だったわけですから、そこはソッとしておいたまま社会生活するためにはどうしたらいいか?という部分に焦点を当てたのが「人格共存」という考え方です。

人格解離者の何が自分を苦しめるのか。それは「自己コントロールができない」という所です。自己コントールができないから、友好な人間関係が作れなかったり、社会生活がしにくくなったりします。そしてそんな自分を「生きる価値がない」と責めたり、悩んだりします。人格解離者(解離性同一性障害者)は、どうして「障害」という名前がつくかと言うと、自分の中に複数の人格がいて、それをコントロールできないことで責任能力が低下するからです。人格解離者はコントロールできない自分の発言や行動で恥ずかしい思いをしたり、無責任と思われる行動をしてしまいます。

別人格がした時の記憶を失ってしまったり、周りの人に迷惑をかけて、家族や友人や職場の人から信頼を失います。そこに問題があると考えています。「人格を1つに統合すること」も、それを改善する手段の1つではあります。しかし僕は統合以外でも、その状況が改善される方法があると考えます。それが「共存」という考え方なのです。中の人格と協力し合うことで、自分の発言や行動をコントロールしたり、記憶を共有できるのであれば、人格が解離したままでも友好的な人間関係を作ったり、社会生活が送れるようになると思っています。要は周りの人に不信感を抱かれず、自分が一番心地よい方法で生きられればいい、それが僕の考え方です。

 

人格共存が向かない人

入退院を繰り返していたり、犯罪歴があるような重症者には人格共存という方法は難しいです。通院していたり、医療ソーシャルワーカーさんの支援を受けていたり、ソーシャルスキルトレーニングを行なっておられる方は、それらに支えられながら人格共存という考え方を取り入れることは可能です。 しかしかかりつけのお医者さんやワーカーさんが人格共存という形に反対していたり、理解がない場合は、「統合」という形が良いか「共存」という形が良いかを考える必要があるでしょう。

 

最後に

H Projectは医療機関ではございませんので、ここに書いてあることは、あくまでも解離性同一性障害と診断された僕Hydeの主観と独学、または多数の解離性同一性障害者の話を聞いた情報によるものです。

 

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